速歩(ラマル)でのタワーフについて
2巻 P.349-352
ナーフィウはイブン・ウマルからきいて伝えている
アッラーのみ使いは、神殿のタワーフの折、初めの三回を早めにお歩きになり、あとの四回を普段の速度で歩かれた。
また、谷のなかほどでもサファーとマルワ間の場合のように駆け足でお通りになった。
イブン・ウマルも、これと同じように行なった。
イブン・ウマルは伝えている
アッラーのみ使いはハッジやウムラで、神殿のタワーフをなさるときには、初めの三回を速歩で、そのあとの四回を普通の速度でおまわりになった。
これが終わると二ラカートの礼拝をし、そのあとサファーとマルワ間のサアーイをなさった。
アブドッラー・ビン・ウマルは伝えている
私はアッラーのみ使いがマッカにきて、黒石に口づけをなさり、そのあとのタワーフでは、七回巡るうち初めの三回を速足でおまわりになるのをみた。
ナーフィウはイブン・ウマルからきいてこう伝えている
アッラーのみ使いは、黒石からひと巡りしてまた黒石に戻る巡回(タワーフ)のうち三回を速足で、四回を並み足でなさった。
ナーフィウは伝えている
イブン・ウマルは黒石間を速足で歩いた。そして、アッラーのみ使いがこうなさったと話した。
ジャービル・ビン・アブドッラーは伝えている
アッラーのみ使いは、黒石から黒石までの三回巡を終えるまで速足で歩かれた。
ジャービル・ビン・アブドッラーは伝えている
アッラーのみ使いは、黒石から黒石へと三巡回を早足でお歩きになった。
アブー・トゥファイルは伝えている
私は、イブン・アッバースに「あなたは神殿のまわりを三回は早足で、四回は並み足で歩くのが預言者のスンナ(慣行)だと思いますか。
あなたの仲間たちは、そのように話していますが」といった。
これに対し、イブン・アッバースが「彼らの話は本当でもあり、嘘でもあります」といったので、私は「『彼らの話は本当でもあり、嘘でもあります』とはどんな意味ですか」とたずねた。
するとイブン・アッバースは次のように答えた。
「アッラーのみ使いが、マッカにやってきた時、多神教徒らは『ムハンマドや教友らは疲れてやつれ切っている。
それ故、神殿のタワーフはできないだろう』といった。
彼らは、預言者をそねんでいたのです。
そのこともあって、アッラーのみ使いは、人々に、タワーフの三回は早足で、四回は並み足で歩くようにと命じられたのです」
私は更に、「サファーとマルワをラクダに乗ったまま、タワーフするのは、スンナですか。
あなたの仲間はそのように話していますが、教えて下さい」といった。
イブン・アッバースは、これに対しても「彼らのいうことは、正しくもあり、嘘でもあります」といった。
私は、また「正しくもあり、嘘でもあります、という言葉の意味はなんですか」と質問した。
彼は「アッラーのみ使いが、マッカに到着された時、(彼を一目でもみようとして)大勢の人々が、しかも小娘らまで、『ムハンマドだ、ムハンマドだ』と口々にいいながら、み使いのまわりに集まってきました。
み使いは、彼らをぶったりして、彼の前からどかせるようなことはなさいませんでした。
そのように、まわりに大勢の人が集まったため、み使いはラクダに乗ってタワーフをなさることにしたのです。
しかし、元より、自分の足で歩いたり、走ったりするのがよりよい方法であることは、いうまでもありません」と答えた。
前記のハディースは、ジュライリーによっても、別の伝承者経路で伝えられているが、表現上多少の異同があり、それには「彼らは、預言者をそねんでいた」ではなく、「マッカの人々は、しっと深い性格だった」と記されている。
アブー・トゥファイルは伝えている
私は、イブン・アッバースに「人々はアッラーのみ使いが神殿のまわりのタワーフとサファー及びマルワ間を速歩でまわったので、これがスンナ(注)であると語っています」といった。
彼はこれに対し、「彼らの話は本当でもあり、また嘘でもあります」と述べた。
(注)スンナ預言者の慣行、ムスリムは預言者の慣行を典範としてそれに従うことになっている。
これを無視した場合、代償が課せられる場合もある
アブー・トゥファイルは伝えている
私は、イブン・アッバースにむかって、「アッラーのみ使いをみかけたと思います」といった。
彼が、「その人の様子を話してみなさい」といったので私は「その人は雌ラクダの背に乗ってマルワの丘の近くにおり、そのまわりには、大勢の人々が集まっていました」と述べた。
するとイブン・アッバースは、「その人は、アッラーのみ使いに相違ありません。
なぜなら教友らは、決して人々をみ使いの側からどかしたり、追い払ったりはしないからです」といった。
イブン・アッバースは伝えている
アッラーのみ使いと教友らはマッカに着いたが、その時、彼らはヤスリブ《マディーナの旧名》特有の熱病にかかり弱っていた。
それをみた多神教徒たちは、「熱病で弱っている者たちが明日(神殿に)やってくるだろう。彼らは、ひどく苦しんでいる」といった。
ムスリムたちがハテームの中(ヒジュル)(注)に座っていた時、預言者は、彼らに神殿の角から角へと七回のタワーフを行う時には、三回は速歩で、四回は並み足で歩くようにと命じた。多神教徒らに、彼らの強さをみせるためであった。
多神教徒らは、それをみて互に、「あなたたちは、彼らが熱病でやつれているといったが、彼らは、某々よりも強健ではないか」といい合った。
イブン・アッバースはこの話に関連し、「アッラーのみ使いが神殿の巡回(タワーフ)全部を早足で歩くよう命じなかったのは、ムスリムらへの思いやりからであった」と述べている。
(注)ハテーム カーバ神殿南西側にある半円形の囲いをいう。この内側をヒジュルと称する
イブン・アッバースは伝えている
アッラーのみ使いは、サアーイを行ない、また、神殿のまわりを早足で歩まれた。
これは、多神教徒らに、彼の強靭さを示そうとなさったためである。