Japan Muslim Association 日本ムスリム協会は、日本における最初のムスリム(イスラーム教徒)団体です。

イスラームQ&A

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Q: 日本人でもムスリム(イスラーム教徒)になれますか?

A: 日本人でもムスリム(イスラーム教徒)になれます。

イスラームは日本神道やヒンドゥー教のような民族宗教ではなく普遍宗教です。従って日本人でもムスリムになることは可能です。

ムスリムになるためには先ずアッラーの導きが必要です。アッラーの導きさえあれば誰でもムスリムになることができますが、アッラーの導きがなくては誰もムスリムになることはできません。誰がムスリムであるかは究極的にはアッラーが決め給うことであり人知を越えています。

ムスリムになるとは究極的にはアッラーからムスリムと認知されることであり、それは人間には不可知ですが、他方、ある特定の手続きを経ることによって、イスラーム法上、社会的にはムスリムと認知されます。先ず片親がムスリムであれば子供は自動的にムスリムと認知されます。現代社会の大半のムスリムは、親がムスリムであることにより生まれながらにして自動的にムスリムとされた人々です。

生まれながらにムスリムでない人間がムスリムに「改宗」しようとする場合については、イスラーム法には明確な規定がありません。改宗の問題を最も主題的に論じているのはハナフィー派ですが、ハナフィー派によるとイスラームへの「改宗」の手続きは改宗者の改宗以前の信条により3種類に別れます。

第一に改宗者が無神論者か多神教徒であった場合には、「アッラーの他に神はない」と唱えることでムスリムになったと見做されます。

第二に改宗者が神の唯一性を信じていても預言の存在を信じていなかった場合には、「アッラーの他に神はない」と唱えるだけでは十分でなく、加えて「ムハンマドはアッラーの使徒である」と唱えて初めてムスリムになったと見做されます。

第三に改宗者が神の唯一性も預言の存在も信じているが、ムハンマドがアッラーの使徒であることを否定するユダヤ教徒やキリスト教徒などの場合には、イスラームへの改宗には「アッラーの他に神はない、ムハンマドはアッラーの使徒である」と唱えるだけでは足らず、以前に自分が属した宗教への帰属を否定することが必要とされます。

このようにハナフィー派は改宗者の以前の信条に応じて改宗の手続きを分類しますが、通常はイスラームの証言法に則り、公正な二人のムスリムの証人の前で「アッラー以外に神はないことを私は証言する。ムハンマドはアッラーの使徒であることを我は証言する。」と唱えることによってイスラーム法上、ムスリムと認知されると言われます。

スンナ派では異教徒の入信に際して上記の信仰告白に加えて、天使、経典、最後の審判、天命の4項目とムハンマドが最後の使徒であることの信仰告白を要求するのが普通です。

イスラームへの入信は本来アッラーと個人との関係ですので、特に人間による証明は必要としません。また社会的に認知されるためにも二人の公正なムスリムの証言があれば足ります。しかし現在のイスラーム世界の諸国家ではイスラーム法ではなく、西欧的実定法が施行されているため、婚姻手続きや、マッカ巡礼のビザの申請などに「公認イスラーム機関」の「ムスリム証明書」が求められる場合があります。そうした場合にはイスラーム世界ならアズハル機構や世界イスラーム連盟など、日本国内では神戸モスク、日本ムスリム協会、イスラミックセンター・ジャパンなどの宗教法人が「ムスリム証明書」を発行しています。

ムスリムになるのに特にイスラーム名を貰う必要はありませんが、慣習としてイスラーム名を付けることが多いようです。また現人神、神の子、神の母の僕、などといった明らかにイスラームの教義に反する名前であった場合には改名が義務づけられます。

イスラームは民族宗教ではないため、民族帰属が自動的にイスラームへの帰属を保証する訳ではありません。つまりイスラーム法上、一定の手続きによりムスリムになることが出来るのと同じように、ある種の言動をとったムスリムは、イスラーム法上イスラーム教徒でなくなった、即ち背教したと見做されます。

背教と見做される言動とは「アッラー以外にも神々がいる」などの発言、仏像に額ずいて祈るといった行為など、イスラームの教義に反する言行を指します。

 

Q: イスラームにはキリスト教の神父や仏教の僧侶のような聖職者はいますか?

A: イスラームには聖職者はいません。

イスラームに聖職者がいない、と言うのには二つの意味があります。

第一にイスラームでは神と人を仲介する特別な階級が存在しないということを意味します。イスラームにおいて人を天国に入れることが出来るのも、罪を許すことが出来るのもアッラーただひとりであり、いかなる人間にもアッラーと人間とを仲介する権限は与えられていません。

第二にイスラームには平信徒を律する戒律とは別に聖職者のみを律する戒律が存在するという形での戒律の二重構造がないことを意味します。イスラーム法は全てのイスラーム教徒に平等に適用されます。礼拝、斎戒、巡礼といった「行」も聖職者のみに課される特別な戒律ではなく、全ての信徒の義務に過ぎません。

イスラームでお布施にあたるものは喜捨ですが、イスラーム法は法定喜捨の受給資格者を(1)極貧者、(2)貧者、(3)喜捨徴税人、(4)新入信者、(5)奴隷(身請けのため)、(6)債務者、(7)アッラーフの道の修道者、(8)旅人の8つのカテゴリーに分けます。7番目のアッラーの道の修道者は第一義的にはジハードに赴く無給の戦士を意味しますが、イスラームの学問に身を捧げた者もアッラーの道の修道者に数えられますので、イスラーム学者に払われる喜捨は坊さんに払うお布施に近いかもしれません。

但し喜捨は上記の8つのカテゴリーのどの受給資格者に支払われても同様に天国での褒賞を受けますので、イスラーム学者に喜捨を施せば特別な功徳があるとの思想はありません。

学識の高い者が尊敬され、その見解が尊重されるのは当然ですが、イスラーム学者には位階制度はありません。イスラームには教皇もいなければ公会議もなく、最終的に教義を決定する制度は存在しません。

イスラームの教義は制度の権威によってではなく、イスラーム学の業績の説得力にのみ支えられています。この意味においてイスラーム共同体は教会というよりも学界に似ています。

但し12イマーム派シーア派ウスーリー学派においては事情が若干違います。ウスーリー学派はシーア派信徒をムジュタヒド(イスラーム法独自解釈有権者)とムカッリド(追随者)に大別します。彼らの見解ではムカッリドは必ず一人のムジュタヒドに従わなくてはなりません。またムジュタヒドの中にもランクがあり最高位はアーヤト・アッラーフ・アル=ウズマーであり、次いでアーヤト・アッラーフ、フッジャ・アル=イスラーム・ワ・アル=ムスリミーン、次いでフッジャ・アル=イスラームとなります。

ウスーリー派は現代イランの公認教義であり、12イマーム派シーア派世界では大勢を占めていますので、現代のシーア派には、アーヤト・アッラーフ・アル=ウズマーを最終権威(マルジャア・アル=タクリード)とする位階制度が成立したと言って良いかもしれません。しかしこうした位階制度は20世紀になって生まれたもので歴史も浅く、偉大なカリスマであったホメイニー師の没後は、彼に匹敵するアーヤト・アッラーフ・アル=ウズマーが存在しないために、最終権威が決まらないという大きな問題を抱えており、将来にわたって存続する保証はありません。

イスラームには制度化された教義の決定機関がありませんので、「公認教団」という表現は不正確ですが、イスラーム世界には事実上「公認された」宗教結社であるあタリーカ(道)と呼ばれるスーフィー教団が存在します。スーフィー教団は導師と弟子のパーソナルな関係を基盤とする結社であり、カーディリー教団、シャーズィリー教団、ナクシュバンディー教団などの大教団無数に枝分かれしており正確な実態は分かりません。

スーフィー教団においては一般に霊的完成、救済は導師への服従によってのみ達成されるとされており、導師に対する絶対服従が要求され、教団員の間にも位階が設けられています。またスーフィー教団は、それぞれ独自の戒律、修行法を有し、教団員の中でも位階に応じて戒律が異なる場合もあります。

スーフィー教団は在家集団ですが、導師は教団の専従であるかイスラーム学者を兼ねる場合が多く、この意味でもスーフィー教団の導師は我々の抱く聖職者のイメージに近いと言えるかも知れません。

日本とイスラームの関係を教えてください。

イスラームは人類の始祖アーダムの教えです。預言者ムハンマドが説き明かした実定宗教としてのイスラームを狭義のイスラームと呼ぶなら、人類生誕以来の天啓の教えの全てを広義のイスラームを呼ぶことができます。

アッラーは、クルアーンの中で、「まことに我ら(アッラーフ)は全ての民族に、アッラーを崇拝し邪神を避けるようにと、使徒を遣わした・・・。」(16章36節)と仰せられています。

日本にも使徒が遣わされ、広義のイスラームが伝えれているはずです。

いるはずではありますが、残念ながら古事記や日本書紀といった現存する「神話」の中に「実証的」にイスラーム伝来の痕跡を見いだすことはできないようです。

勿論、古事記に現れる天御中主などの造化神たちが、・天照大神らの神統譜の神々と根本的に異なり、「生みも生まれもしない独神(ひとりがみ)」とされているのは、「言え。アッラーは独りなるお方、・・・生みも生まれもしない。」(クルアーン112章1,3節)を思い起こさせますが、いかせん相違の方が大きすぎます。

というわけで、預言者ムハンマド以降の狭義のイスラームについて述べるなら、日本とイスラームの関係は新しく、また浅い、と言わざるを得ません。

今日、正倉院御物として保存されている玻璃器などは、奈良時代にイスラーム世界から日本に伝えられたものとされますから、イスラーム世界の文物は8世紀には中国を経由して日本に伝わっていたことになります。

しかし人物の交流となると、元朝のフビライが日本に派遣した5人の使節の中に2人のムスリムがいたことが資料的に確認されます。ちなみにこの2人は時の執権北条時宗の命により、他の3人の使者と共に斬首刑され、これが第二次元寇、弘安の益の発端となりました。

その後も江戸時代にはユーロッパを介してイスラーム世界の事情が断片的に明らかになりつつありましたが、日本とイスラーム世界の真の交流が始まるのは明治以降です。

明治5年には後の外務大臣の林薫によって本邦初の預言者伝「馬哈黙伝」が出版されています。明治25年には山田寅次郎、有賀文八郎の二人がイスラームに入信していますが、これが日本人のイスラーム入信の嚆矢とされています。明治43年には山岡光太郎が日本人初のメッカ巡礼を果たします。

昭和に入ると、昭和6年には日本初のモスクが名古屋に建設され、次いで昭和10年には神戸、12年には東京にモスクが建てられ。また昭和8年に「イスラム学会」、11年に日本回教文化協会、13年には大日本回教協会が創立されるなど、多くのイスラーム関連団体が設立されますが、これらの団体の主目的は日本のアジア侵略の地ならしのためのイスラーム圏宣撫工作にあり、東京モスクの建設も黒竜会や玄洋社などの右翼団体の暗躍によるものでした。

戦後これらの団体が占領軍司令部によって解散させられたのち、イスラーム団体は学術団体と宗教団体に分かれて今日に至っていますが、前者の代表が社団法人「日本イスラム協会」であり、後者の代表が宗教法人「日本ムスリム協会」です。

戦後のイスラーム研究は、世界的意味論学者井筒俊彦のクルアーン、神秘主義研究を例外とし、主として歴史研究者の手によって担われてきました。日本の歴史家によるイスラーム研究は、西欧のイスラーム研究の背景にある「オリエンタリズム」への鋭い問題意識を特徴としています。それゆえ日本のイスラーム文明研究は、対象についての「客観的」知識の蓄積であるにとどまらず、イスラームを鏡とする西欧文明批判ともなっており、現代日本のアイデンティティーを問い直す契機をも宿しています。

一方で宗教としてのイスラームの研究に関しては、昭和12年に小林哲夫が参謀本部の奨学生日本人として初めて世界最古のイスラーム大学であるエジプトのアズハル大学に入学しています。日本人がイスラームを学ぶための留学先としては1960年代まではアズハル大学が独占的地位を占めていましたが、1970年代には折からの石油ブームをうけて、サウディアラビア、リビヤ、カタルなどのイスラーム諸学部への留学が増え、また近年ではイラン、トルコ、パキスタン、マレーシアなどでイスラーム学を学ぶケースも現れています。現在までに日本人のイスラーム関連学部の卒業生は10名を越えていますが、まだ伝統イスラーム学の免許皆伝を得たアーリム(イスラーム学者)は生まれていません。宗教としてのイスラームの理解のための今後の我々の課題は日本人のアーリム育成の知的、制度的土壌作りにあると言えましょう。

Q: イスラームには独自の教育制度がありますか?

A: 「知識(イルム)を求めることは男女全てのムスリムの義務である」預言者から伝わる有名なハディースです。このハディースは、知識こそがイスラームの基礎であるとのイスラームの立場を端的に表しています。

イスラームには信仰心を絶対化する心情倫理も、徒に肉体を苛む禁欲主義も無縁です。イスラームにおいては信仰も、修行も正しい知識に基いて初めて意味を持ちます。勿論、ここで言う知識(イルム)とは我々の考える「知識」とは若干異なり、第一義的には宗教的知識を意味しています。

しかし知識(イルム)が第一義的には宗教的知識であるということは、知識(イルム)が狭義の宗教的知識に限定されることを意味しません。全知全能の創造主アッラーフが人間に啓示された御言葉クルアーンは無限の意味の深みを有し、森羅万象の秘密を説き明かす鍵でもあります。それゆえイスラームの学問体系の中ではアラブ語学、法学、歴史学、数学、医学、天文学(占星術)、科学(錬金術)、心理学(神秘学)などの全ての学問がクルアーンの解釈に奉仕するものとして知識(イルム)の地位を与えられています。

そしてクルアーンはアッラーが天使ジブリール(ガブリエル)を介して預言者に教えられ、預言者は教友たちにその意味を教えました。人間に理解できる範囲でのクルアーンの完全な理解は預言者によって既に到達されています。後代の信徒に残された義務は、預言者が教友に伝えたことの正しい伝承にあります。それゆえイスラームでは知の系譜を非常に重んじることになりますが、イスラームの教育制度とは、最終的には預言者にまで溯る知の連鎖を意味します。

このイスラームの教育制度は、師匠と弟子のパーソナルな関係を基礎とし師匠が弟子に免許皆伝(イジャーザ)を与えそれが相伝されることによって成り立ちます。伝統的イスラーム教育は徹底した能力別の個人主義教育であり、修学年数は特に決まっていません。平均的には全課程を一通り修了するためには約20年を要し、更にその後同程度の教歴を積んで初めてに一人前のアーリムとして認められるようになります。

しかし西欧の植民地支配によるイスラームへの弾圧とその遺産である現代イスラーム世界の非イスラーム世俗主義諸政権による西欧式教育制度の強制により、イスラームの伝統的教育制度は破壊されました。

現在ではエジプトのアズハル・モスク、マッカの聖モスクなどで私的に行われている講義ではまだアーリム(イスラーム学者)による免許皆伝の授与の伝統が細々と残っているのを除けば、殆どの国では職業的イスラーム学者は世俗の大学と同一の単位・学位制度を有する大学・大学院の卒業生からリクルートされるようになり、学位のインフレが進んでおり、現在では 6-8 年の専門教育を受けた学部卒業生レベルでも慣習的にアーリムと呼ばれるようになっています。

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